ヨ−ロッパ200年の夢 トンネル開通記念発行の英仏両国の切手とTaylor Woodrow 社から筆者宛手紙
英仏海峡海底鉄道トンネル開通エピソ−ド
立林英昭(41法) 
 
 1. はじめに
ナポレオンが、ビクトリア女王が、チャ−チルが描いた「夢のトンネル」が、ついにかなった。4000万年の氷河期に分断されたまま、永く海を隔ててきたヨ−ロッパ大陸とブリテン島が、人類の英知と技術によって1994年5月6日、再び陸続きとなったのである。そしてそこに、日本の青函トンネル(ユ−ロトンネルの完成より6年前、1988年3月13日開通)の調査を含めて42年の歳月を要した先駆的経験と技術、そして資金面での協力等日本の果たした役割は大きい。     
 
Paris Nord 駅の「ユーロスター号」と筆者
  トンネルは、英仏両国から掘削されたが、筆者は偶々二つの知的インフラを通じて、英仏両国の本件に関与し、幾つかの知見を得る機会をえた。その(T)は(財)国際人工知能財団(理事長 羽倉信也・杉並三田会初代会長・故人)を通じてである。同財団はパリ商工会議所やESIEE(高等電子工学専門学校)と提携しており、筆者は、同財団常任理事として、度々提携先を訪問する機会を通じて、ユ−ロトンネル社のフランス側コンサルタンツである、ルイ・サトウ氏と知り合った。またその(U)は筆者が社長を努めていたシンクタンク(株)社会工学研究所を介してである。当時同社は、イギリスと合弁会社を設立し、イギリス有数のCivil Engineering 会社である Taylor Woodrow社をクライアンツとして迎えていた。同社は英国側からの海底トンネル掘削会社の一社であり、合弁会社の社長として筆者はイギリス側のトンネル掘削現場を訪れる機会をも持った訳である。
  2.経緯
1994年5月6日午前12時40分、コクウェル・タ−ミナル10番ホ−ムに、ミッテラン大統領を乗せた「ユーロスター」と、エリザベス女王を乗せた「ユーロスター」が鮮黄色の車体を寄せ合って到着。そして4000人の招待客を前にミッテランは「このトンネルは英仏両国が苦労を分かち合った協力の証です。開通を機に欧州統合は飛躍的に進むものと確信しています」と挨拶。
 
ジャンヌ・ダルクの百年戦争(1337年〜1453年)後も英仏両国は長く意地を張り合い、警戒し合っていた間柄であった。19世紀初頭ナポレオンT世はヨ−ロッパ大陸の大半をその手中にし、鉱山技師マチュ−・ファビエの提案を受けて、英国への侵攻を目的にトンネルの掘削に着手した。その時の立抗が200年の時を経て、今も海峡を望むサンカッテンの丘にある。
 
フランスはこれまでに26回の計画を提案したが、その全てが英国側からの中断で終わってきた。英国からみれば、ナポレオンの侵攻も、ヒットラ−の進軍も防いでくれた地政学(Geopolitical)上、重要な海峡だった。
 
そして27番目の今回の計画は、1986年サッチャ−英首相とミッテラン仏大統領の首脳間で合意、建設協定が調印された。背景にはECの結成であり、掘削技術の進歩、膨大な資金調達が日本の銀行団等の支援によって可能になったことである。総事業費87億ポンド(最終的には175億ポンド)の内、68億ポンドは世界の銀行からの融資で、日本の銀行団36行は23%にあたる15億5千万ポンドを分担し、英仏当事国をも超える世界一の融資額となった。
 
London Waterloo駅の新しいプラットフォーム
London Waterloo 駅の新しいプラットホ−ム
  幾度も中止の決断をしてきた英国も、EC統合の中で経済力を高めていくには、海峡を越えて、高速・大量輸送が可能な交通機関が必要であった。かくして始まったトンネル建設の事業主体は両国対等のJV/ユ−ロトンネル社で、工事を請負ったのは英仏各々5社で構成するJVトランシュマンシュ・リンク(TML)。
 ECや国が進めるナショナルプロジェクトと違い、民間資金によって建設・運営が行われるこのプロジェクトは、金利負担軽減のため、「いかに早く掘り、早期開業」が最大の技術課題であった。
 
日本の青函トンネルは全長54キロで、ユ−ロトンネルとほぼ同じ長さであるが、調査抗から本抗貫通までに20年を要している。

4. 技術的課題
技術的課題の第一は、仏側から16キロ、英側から22キロという長い距離の経験がないこと。第二は3〜4気圧の水圧。第三は掘削のスピ−ド。英仏両国から向かい合わせの二基のマシ−ンで掘り、38キロの海底部分を2年半で貫通させること。第四は一つのマシ−ンで硬軟の地層を掘ること。地層調査の結果、イギリス側は比較的単純な地層でトンネル工事に適しているが、フランス側は硬軟が複雑に混在しており、トンネル工事に適していないことも解った。このフランス側の工事に使われたのが、日本の川崎重工の掘削機(TBM)で、1987年7月同社はTBM二機の製作を引受けた。この円筒状のシールドマシーンの先端部に、岩盤を切り裂き、砕く「つめ」が埋め込まれており、この命ともいえる「つめ」を作ったのが、川崎重工の委託会社「スタ−ロイ」という岡山県中部の山間にある社員40人足らずの会社である。おそらくこの会社には、その昔、備前長船等の銘刀を産した刀鍛冶のDNAが受け継がれているのではなかろうか。
結局、機械の及ばぬノウハウ(人間の経験と勘)の支援も受け、8か月も早く達成したのである。
 
5. 終わりに
英仏を結んで運行されるユ−ロトンネルは、鉄道専用で、旅客用超高速列車「ユーロスター」と、乗用車・バス用の「ル・シャトル」、貨物・トラック用の「ル・シャトル」の3種類の列車が運行されている。
人と物がスム−ズに流れ、文字通り「一つの欧州」となって初めて実現するヨ−ロッパの統合に向け、更に新たな2万キロの高速輸送鉄道網が計画されており、英仏海峡鉄道トンネルの開通は、まさにヨ−ロッパ統合のスタ−ティングポイントとなったのである。
 
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