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通   訳
ユーク 加藤 (S39 経)
私はこの十年程、通訳人(言語は英語)として働いている。通訳には二種類ある。一つは「同時通訳」であり、もう一つは「逐次(ちくじ)通訳」である。両方とも国家資格は制定されていない。実力が総ての世界である。「同時」は映画やテレビで目にするように、会議などで瞬時の通訳をする。「逐次」は2,3行ずつ区切ってもらい、“逐次”通訳を行う。「同時」の方が格段に難しい。いま話されているセンテンスを耳に入れながら、前のセンテンスを通訳してゆくという離れ業をこなす。そのためには、外国語に堪能というだけでは不充分だ。“ながら族”みたいに、同時に二つの違った活動を展開できる特殊な才能に恵まれねばならないし、その上で、日頃から猛烈な訓練とたゆまぬ研鑽を心掛ける。従業時は極度の集中を強いられる。このため激しい消耗に耐えうる体力も普段から培っておかねばならない。

 
筆者の通訳現場
1965年設立の「サイマル」という通訳養成校が、その社名が「同時の」という意味のSimultaneousを詰めて、Simulサイマルと称している通り、同社の通訳・翻訳事業の中でも、特に「同時通訳」養成を目的としていただけあって、60年代後半より長い間、この学校の卒業生が、「同時通訳」の世界で絶対的な信頼を勝ち取っていた。つまり「サイマル」が業界標準であった。通訳のみならず、「翻訳」の世界でも90年代当初までは、サイマル社の料金は他社の2倍近くの高額を要求していた。「逐次通訳」の世界も、大なり小なりサイマルの影響を受けていた。私は「逐次通訳人」で、サイマル校で学んだことは無いが、現在の従業場所の一つ、JICAにての研修の際、サイマル出身の同輩が飛び抜けて優秀であることを目の当たりにした。大体講師陣の殆どがサイマル出身者であった。それだけに「サイマル恐るべし」と強く感じた。

 サイマルから別の話しにゆく。最近テレビで、来日したハリウッドスターたちの記者会見で一人の年配の女性が実に見事な逐次通訳をされていた。そう言ってしまえば簡単だが、原文の英語の意味を正確に残しながら、軽妙洒脱に通訳していく彼女の技術は、ため息が出るほど素晴らしかった。番組が終わってのテロップにて、その通訳者が戸田奈津子さんであることを知った。数々の洋画の冒頭に伝えられる「字幕翻訳 戸田奈津子」ということにはとても馴染みがあったが、そのご本人が通訳者でも超一流であることを知った。その後、日を置かずしてフジテレビの「SMAP×SMAP」という番組の「bistroSMAP」というコーナーで、超人気ハリウッド女優のキャメロン・ディアスと戸田さんが一緒に登場したのをまた目にした。今度は同時通訳であった。これも素晴らしい仕事振りだった。彼女はこの7月には71歳になる。前述の通り、同時通訳という業務は体力の消耗をもたらすが、そういう高齢で何の遜色もなく果されていることに私はびっくりした。55歳の時点で「同時」通訳は無理だと決め付けてしまった我が身との差を思い知らされた。

 通訳は実力の世界で、法律で定める資格は不要と前述したが、実は観光案内通訳業で報酬を得ようとする場合は「通訳案内士」という免許が必要となる。この免許を取得するには国土交通省主管の「通訳案内業の試験」に合格せねばならない。私は約十年前に、二年を掛けてやっとこの試験に合格したが、当時合格率は約3パーセントと言われていた。それ程の難関の免許を手にしたが、言語が英語しかも男性の免許保持者ということで就業のチャンスは「ほぼ零」と断定された。それはそうだろう。外国からの観光客が男性ガイドを喜ぶ筈はない!そう思って納得した。その他、裁判所が就業場所になる「法廷通訳」という通訳もある。国家資格は制定されておらず、最高裁判所主催の研修会などで研鑽を積みながら、就業チャンスを待つ。


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