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杉並の風
 
 歌舞伎と私
 
渡部 隆 (S44 法)
 初めて歌舞伎を見たのは18歳の春でした。昭和40年3月歌舞伎座です。
七代目・松本幸四郎の十三回忌追善興業の夜の部です。十一代目・市川團十郎の勧進帳の弁慶と河内山でした。その年の5月に、新橋演舞場で、前進座の勧進帳を見物しました。この2つの勧進帳で、すっかり歌舞伎に魅せられました。
日吉・三田から、歌舞伎座4階の一幕席に通いました。当時の4階の学生料金は確か、50円と記憶してます。それ以来、何と56年間も、歌舞伎を見物してます。歌舞伎の語源は「傾く」です。【かぶく】と読みます。【歌】は長唄等、【舞】は歌舞伎舞踊。伎は演技です。当て字ですが、歌舞伎の特徴を表現してます。
また、歌舞伎の2つのキイ-ワ-ドは「融通無碍」と「荒唐無稽」です。つまり、何でもありです。能狂言・文楽・落語・講談を歌舞伎化してます。シェイクスピアもベルディのオペラも、何でもかんでも歌舞伎にします。歌舞伎は悪食です。印象に残った舞台は、10歳代では、2月の尾上菊五郎劇団の松緑・梅幸の「義経千本桜」。
 20歳代では、46年4月・国立劇場の中村勘三郎坂東玉三郎の「法界坊」。同年6月の新橋演舞場の、片岡仁左衛門・坂東玉三郎の「おそめの七役」。47年9月の塾員・中村富十郎の「ひらかな盛衰記」。48年10月・11月の尾上菊五郎襲名の「助六」。後は「伊勢音頭」が大好きです澤村宗十郎・中村梅玉の襲名時の伊勢音頭です。中村勘九郎(歌舞伎座)と四国・金毘羅歌舞伎の尾上菊之助の「伊勢音頭」です。それから、歌舞伎座さよなら公演の、松本幸四郎と片岡仁左衛門の「寺子屋」。市川團十郎・坂東玉三郎の「助六」です。
 20歳の頃は、新宿・紀伊国屋書店ホールの名人寄席に2年間で、志ん生、円生、文楽、正蔵、小さん、円楽を聞きました。
 40歳からは、大阪国立文楽劇場で、6回文楽を見ました。日本の伝統芸能は全て関連しながら、進化してます。また、能。狂言は全て伝統芸能の規範です。
 和のお稽古事は、25歳からは、日本舞踊・花柳流を習いました。40歳からは、会社の観世流謡曲部で、謡を稽古しました。
60歳からは、長唄三味を稽古してます。
 杉並三田会・同期の獅子の会で、6月30日に「歌舞伎講座」をしました。前半は歌舞伎講座、後半はDVDで歌舞伎をご覧いただきます。10月19日に、第二回歌舞伎講座を予定しております。私の生き甲斐は、25年前からの、国立劇場に於ける歌舞伎解説付き、歌舞伎観劇会です。次回は3月17日「盛綱陣屋」です。
 6年前から、早稲田大学演劇博物館の展示解説員をしております。
今後も杉並三田会員と、歌舞伎・文楽・能楽・寄席を楽しみたいです。
 私の夢は、歌舞伎座・4階席から、皆様と「成田屋」「音羽屋」と、大向うを掛ける事です。 




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