杉並三田会ホームページ
杉並の風
      
昔 の 風
乙竹伸一 (S48商) 
 
 私の部屋にかかっているカレンダーは「林間の微風」という水野以文の水彩画である。50年以上前の武蔵野の雑木林を描いたもので、林のなかは、緑の風が渡り、木々の向こうに広がる田園は真夏の太陽に照らされている。杉並では、雑木林は少なくなり、田園風景は昔のものになってしまった。
 この田園風景は、作家上林暁が小説「夏野」に、「空には太陽が燃え、草も木も熱せられたような野が広がる。『これは、ゴッホだ』と呟きながら私は歩いた。」と書いた50年前の向井町(現在の下井草)と思えてならない。
   上林暁は天沼の日大二高の南側に住んでいたが、しばしば15分程北にある向井町の田圃に散歩に向かった。昭和31年測量の地図を見ると、妙正寺川の周辺は殆ど田圃と畑が連なっていて、四谷から昭和の初めに移ってきた牧場まで残っており、ルーテル神学校の広い敷地もある。水彩画家や作家の描いた田園 は、住宅街に変ってしまい、牧場も神学校もマンションになっている。
 「林間の微風」水野以文  
 8月、日本では終戦の夏。フランスでは、ゴッホ死後四半世紀、今から丁度100年前に第1次世界大戦が始まった。パリ近郊マルヌ河畔の戦いで、未曾有の戦死者が出て、田園地帯に多くの血が流れた。この暑い季節は戦いに倒れた多くの人の鎮魂の時であり、魂が静まった後、秋がやって来る。
 秋、阿佐ヶ谷に木犀が香る時。「あの街は緑の多い美しい所でした。銀木犀の香りが満ちていました。」私が三田の学生だった頃、信州で会った私の遠縁に当たる老婦人の話である。美しい街は80年以上前の阿佐ヶ谷で、今は金木犀しかないがその頃は銀木犀が多かったらしい。分かれ際のその人の言葉。「阿佐ヶ谷の銀木犀に宜しく。」  
  「千種之花」幸野梅嶺 
 杉並中央図書館横の雑木林で風に吹かれれば、スケッチブックを拡げる水彩画家の姿が浮かんでくる。妙正寺川に吹く夏の風からは、上林が迷い込んだ叢の草いきれ、マルヌ川に倒れた兵隊の汗と血の匂いまで感じられる。そして、阿佐ヶ谷。秋を告げる木犀の香り。杉並に吹く昔の風。遠い昔の風景、昔の人の想いを運んでくる。
 



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