風 の 訪 れ
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加賀谷 亜矢(S62文)
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「杉並の風」に投稿のご依頼を頂いた時、印象的な「風」の思い出が二つ浮かんで来た。実家が杉並にあったため、杉並三田会に入会させて頂いたが、現在は渋谷区に住んでいる。すぐ近くに代々木公園があり、そこで出会った「風」だ。
「代々木の杜」と呼び名が残っているように、園内は木々が豊富で、四季の移ろいを肌で楽しめる。 夏、今年のような猛暑でも、木立の中に入ると空気も澄んで意外なほど涼しい。濃い緑で薄暗い中、蝉時雨が大音量だ。 冬、葉を落とした木々のくっきりとした輪郭が、白い空に寒々しい。足元の落ち葉を踏みつける音がザクザクと響く。
そして春、沈丁花の香りに気がつけば、やがてモクレン、桜・・・また花の季節が巡って来てくれた、と思う。秋、小さな赤い実やドングリを見つければ、実りの季節がやって来たと実感する。「源氏物語」の紫の上と秋好中宮の春秋の争いではないけれど、ワクワクする春の予感と、静かな秋の豊かさは比べられない。思い出の「風」も春と秋だった。
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ひとつめは、桜吹雪。春の嵐にあおられ、視界いっぱいに舞い踊るおびただしい花びら、花びら。2、3歳だった娘とその友達と花見に来ていたが、ほかのことをして遊んでいた子供達が、桜が舞い始めた途端、とりつかれたように、一心不乱に花びらを追い始めた。ゾクッとするような光景だった。風が桜の魔性を露わにした一瞬だった。
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ふたつめは、落ち葉を舞い上げた一陣の風。 やはり幼い娘とドングリや落ち葉で遊んでい た時、突然、足元の木の葉が小さな竜巻のように、
クルクルと高く舞い上がった。とりどりに色づいた
葉が黄金色の陽射しに反射して、回り ながらキラキラと輝いた。その瞬間の娘の唖然 とした顔が
忘れられない。
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恐ろしい風もある。九月の終わり、東京にも吹き荒れた台風は凄かった。窓越しに横殴りの雨を見ていたら、「源氏物語」の「野分」の巻を思い出した。嵐の見舞いに源氏邸を訪れた夕霧が、屏風や御簾も吹きあげられた御殿に、はからずも紫の上を垣間見てしまう。「春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地」だったと描写されているが、千載一遇のチャンスに出会ったことと、美貌の紫の上が嵐の爪痕に困惑している様子に、夕霧はさぞ胸躍る心地がしたことだろう。
「風」が起こると景色が変わり、状況が変わる。思いがけない情景に出会えたり、ふと立ち止まり、考えていたことや続けていた作業を中断するきっかけになったりする。時間や空間を超えたインターネットの様々な恩恵にあずかる現代、「風」の訪れは、人生を彩る素敵な瞬間との出会いを私たちに運んでくれる、と思う。 |